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10/5 RR 要約・コメント

誰が「正しい」かを競う戦い―9.11から中東の宗派対立

                              酒井啓子(千葉大学)

  1. 9.11が空けたパンドラの箱

 

(1)1980年代のテロ件数(GTD 米メリーランド大学

・南米・・・1200件~1500件

・中米・・・400件~1100件

・中東・北アフリカ・・・100件~500件

・南アジア・・・500件未満

2004年以降、中東・南アジアでのテロ件数が右肩上がりのまま下がらなくなる。

※その中でもピーク時は2014年で、両地域で1万2000件と、世界中の3分の2以上となる。

 

(2) 宗派対立

 

2003年のイラク(العراق)戦争以降、イスラーム(الإسلام)の宗派は大別される

 

シーア派(الشيعة) VS スンナ派(سني)

2006年2月、イラク中北部にあるシーア派の聖地サマッラ―(سامراء)の聖廟が爆破されたことをきっかけにどの宗派に属するかということが重要視されるようになった。

 

→IS(イスラーム国)の出現

IS ・・・シーア派を「異端」として徹底した殺戮を是とする組織←ISの侵略から祖国防衛を謳いつつ、「シーア派性」を前面に押し出す対IS掃討部隊の存在

 

テロ、宗教的暴力、宗派対立はイラク戦争アフガニスタン(أفغانستان)戦争、イラクとシリア(سوريا)での内戦ISの出現により増加したと考えられる

→この始まりが9.11である

 

 

 

  1. 宗派対立なのか、そうではないのか?

 

  1. 現在の中東における暴力的衝突

2006年以降、イラクの内戦においては、名前を名乗っただけでその人の出身宗派を推測され、拉致や殺害といったことが頻繁に起こっていた。

 

・2011年に発生した「アラブの春

例1)反政府抗議運動として始まったデモ→ シーア派による反王政活動とみなされる。

                    連動して活動を活性化させたサウディアラビア(العربية السعودية)東部のシーア派に対して、サウディ政府はその中心的宗教指導者二ムル・アル二ムル師を2016年1月に処刑。

 

例2)2012年から始まったシリア内戦→  アサド政権の強権的支配はアラウィ―派=シーア派の少数支配と読み替えられ「中東の新冷戦」という事態に陥っている。

 

  1. イラク(العراق)政治を構成させる三大要素

 

政治を構成させる三大要素

・アラブ人スンナ派

・アラブ人シーア派

・クルド民族

 

これらは、湾岸戦争後に国際社会がポスト・フセイン体制を模索し始めた際、アイディアとして提示されたのが宗派別に政治代表制を分ける方式である。←現在、イラクの政治家たちが、この「宗派別のポスト配分」にもっともこだわっている。

 

⇔2014年ハイダル・アバーディ首相は、イラク政治の立て直しのため、宗派に関係なく実務的に優秀な人材を民間から登用することにする→改革は頓挫(失敗)=宗派を基本にした権力構造はイラクに根付いている

 

 

 

 

  1. 中東全般において宗派対立は起きていなかった・・?

・戦後のイラクに駐留した米軍

2007年からブッシュ米政権「ヒューマン・テライン・システム」を導入

※ヒューマン・テライン・システム・・・駐イラク米軍に研究者を従軍させて現地研究と軍への助言を行う政策

 

・ニコラス・クロフリー・・・『マフディ軍の死』出版

マフディ軍の死・・・マフディ軍やサドル潮流など、シーア派イスラーム主義政党が人々に支持され、勢力を拡大するのは宗派の問題ではないという内容。

 

イラクや中東全般で「宗教対立はなかった」と言われ続ける結果となる

(対立の原因は社会格差や階層間の対立だとみなされる)

 

実際、政治社会的マイノリティとされてきたシーア派社会は、どの国においても社会経済的に劣位に置かれてきた。←社会格差

イラクでは南部と都市において貧困層が生まれる

 

イラク人識者は「宗教対立は欧米が持ち込んだ」と主張するが、宗教以外の要素を捨象し、すべて宗教や民族などのわかりやすい対立へ矮小化したことが欧米化といえる。

 

 

  1. 蔓延する「わかりやすい二項対立」

 

9.11以降世界を「敵」と「味方」に分類すようという「わかりやすい二項対立」が蔓延する

 

例1)9.11の崩壊するツインタワーの映像→「我々につくか、やつらにつくか」という圧倒的迫力で「敵」と「味方」に分断した

・・・攻撃される自由世界の人々 VS 攻撃する非民主的なテロリスト=「イスラーム教徒」

 

 

例2)2015年パリでも上記と似たような事件が起きる

 

4.シンボルの増殖

 

  1. シーア派のシンボル

 

シーア派のシンボル=解放

イラクで社会経済的に劣位に置かれていたシーア派社会が一気に宗教的アイデンティティを復活させる。(宗教儀礼、行事など)

 

フセイン政権の転覆により、今までの「持たざる者」の地位から抜け出し、新しい人生を歩むことができるという解放感から実践にうつすことができた

 

  1. スンナ派のシンボル

 

スンナ派のシンボル=ファッルージャという対米抵抗運動

イラク西部の都市であるファッルージャは、住民の大半がスンナ派だがフセイン政権時代に特段優遇されていたわけではない。しかし、イラク社会を宗派や民族で分けて考える欧米の認識により、ファッルージャは反米の街であるとみなされてしまった。

→いくつかの不幸な衝突、事故が積み重なり、駐留米軍に対する抵抗運動がおこる

 

※2004年に起きた日本人5名拉致事件はこの流れの中で発生した。

 

  1. スンナ派シーア派どちらにも言えること

 

・自らの尊厳や権利、価値を主張する際の原点となるのが、自分たちがいかに犠牲になってきているかということ

 

・自分たちの方がいかに「イラク」という祖国を守るために犠牲を重ねてきたかをお互いに競い合っている

 

 

  1. 湾岸地域内のパワーバランスの変化
  • 9.11が中東の「宗教対立」に決定的な影響を与えた主な要素
  • 湾岸地域内の域内勢力バランスの変化
  • 米国の対中東政策の変化

  →サウディアラビアはイラン(إيران)とのむき出しの対立関係に晒される。

  サウディアラビアとイランの域内の覇権抗争、「中東新冷戦」が根幹にある。

 

冷戦が域内全体を巻き込むには、自立の立場を正当化する論理が必要。

→宗派が用いられる。

 

  1. 国際社会の最大の失敗とは何か

9.11後の国際社会の最大の遺恨は、誰が「正しい」かを巡って命を賭ける殺人が是である、という認識。 

「正しさ」の中でも、「犠牲を受けた者だからこそ掲げることのできる正しさ」が圧倒的な説得力を以て軍事行動が容認されることになる。

→これが9.11後の最大の失敗

 

アルカイダからイスラーム国へ

                  保坂修二(日本エネルギー経済研究所)

  1. 十五年目の九月十一日 →アルカイダに対するアラブ人の意識は表裏一体、二律背反である。米国は、アルカイダ壊滅を目指し、アフガニスタンイラクで体制を転覆させ、中東地域はさらに不安定さを増す。 
  2. 事態はますます悪循環の様相を呈し、テロがアフガニスタン(أفغانستان)、イラク(العراق)、サウジアラビア(العربية السعودية)、トルコ(تركيا)、リビア(ليبيا)、イエメン(يمني)、パキスタン(باكستان)、エジプト(مصر)、チュニジア(تونس)、シリア(سوريا)へと拡大。さらに最近では欧米や南アジア、東南アジアへも拡散している。
  3.  
  4. ○大半のアラブ国…非民主的な独立国家、報道の自由ないため政府批判できず、米国や西欧に責任転嫁するのが一般的。アラブ人の多くが9.11の実行犯であるアルカイダ(تنظيم القاعدة)を支持しているかのような誤解を生む。しかしアルカイダを支持する者もいる。
  5. アルカイダの興隆

   1990年8月 

   イラク、隣国クウェート(الكويت)に侵攻(湾岸危機)ソ連が、社会主義を標榜 

  するイラクではなく、首長制のクウェートを支援し、米国を支持すると  

  いう「新世界秩序」を目撃することとなる。

 

  • ジハードの標的としての米国→一部の法学者は米軍によるサウジアラビア侵略と解釈。*構図の変化 1998年 オサーマ、「二聖モスクの地を占領する米国人に対するジハード(الجهاد)宣言」を発表。→サウジアラビア駐留米軍に対する攻撃がジハードであり、全ムスリム(مسلم)の義務であると主張。 1990年代 : ジハードの場が紛争の中心から拡散してきた。ジハード主義者の多くが、アフガニスタンでジハードを経験していた、いわゆる「アフガン帰り」(アラブ・アフガン)であった。
  •  
  • 従来のジハード主義 : 紛争の場がジハードの場。
  •  1998年2月 米国人皆殺し宣言に変化(米国人なら誰でも殺害すべし)
  •  米軍=キリスト教軍=十字軍、サウジアラビア=二聖モスク(مسجد)の地へと置き換えられ。「十字軍によるイスラームの聖地占領」という構図に敷行された。
  •  
  •  米国 : イラククウェート侵攻の際、クウェート解放、サウジアラビア防衛のため、サウジアラビアに軍を駐在させる。

 

  1. ISの源流

→テロ組織ISにも受け継がれる潮流。 

 

  1. ISの建国

アルカイダイラク支部は2006年、他の組織を集め、「イラクイスラーム国」という新組織をとくった。リーダーとなったアブーオマル・バグダーディーは、「信徒の統率者」を名乗ったことは、1924年にオスマン帝国がカリフ制(الخليفة)を廃止して以降、消滅したと考えられていた、一部の人にとっての、理想の統治制度であったカリフ制を宣言する布石だったと考えられる。

→2014年、ISはカリフ制樹立の宣言をした。

 

○ISの建国宣言で重要なのはカリフ制と、組織名を「イラク(العراق)とシャーム(شيام)のイスラーム国」から「イスラーム国」と改称したこと。

→西欧列強により人工的に引かれた国境線を、あえて無視したことを内外に示した。しかし、ISがISの一部としてシリアで活動していたヌスラ(النصرة)戦線と対立した際、西欧による国境線を批判しているにも関わらず、国境線に執着していることが露呈した。

 

○預言者ムハンマドが、マッカでの迫害を逃れ、信徒を引き連れてマディーナ(المدينة المنورة)へ移住することであり、これを全ムスリムの義務とした故事にならい、ISはイラク・シリアへのヒジュラ(الهجري)は義務だと主張した。

アラブ諸国だけでなく、世界中から多くの若者が、イラク・シリアに集まり、

治安攪乱要因になっていた。

 

  1. ISジハード主義は止められるか

○現在、イラク政府、シリア政府、米軍主導の有志連合、ロシア等が行っている対IS軍事攻撃により、ISの支配領域は急速に縮小しているが、軍事作戦のみでのIS根絶は不可能である。

 

○軍事作戦は多くの市民を巻き添えにすることで、逆に一般市民の憎悪を買うことになる。また、逮捕し刑務所に入れたとしても、刑務所で反社会的な思想を生み、テロ・ネットワークを構築する起点になっていることが研究によって分かっている。

→ここ数年では、彼らが行動に移す前に、脱洗脳と社会復帰のためのリハビリ・プログラムを受けさせるという、ソフトなアプローチが重視されるようになっている。

 

生活域に浸透するテロリズムの脅威

                     首藤信彦(国際政治経済学者)

  1. はじめに

アルカイダの登場によりテロリズムの意味と影響力は大きく変わった。

→権力支配や土地の帰属から現代世界そのものが攻撃対象になる

 

イスラム国は前近代的な社会制裁を見せつけることで、その地がイスラムの教えが社会原理となっている理想のイスラム国家であるような宣伝する

→現代先端技術やインターネットで強化された最も先鋭的な現代テロリズムグローバル化した世界に猛威を振るい始めている。

 

  1. イスラム国テロリスズムの特徴―対象はシンボルから生活域へ

○最近、イスラム国関係テロ事件として認定、関連が疑われているものは、2015年のシャルリ・エブト事件以降、ソフトターゲットが中心となった。

※シャルリ・エブト事件…2015年1月にフランスで、シャルリ・エブド社とユダヤ人経営のスーパーが攻撃された

 

○武器

・テロネットワークで入手→通信販売、店頭購入できる銃や代用

・市中で調達した材料をもとに、インターネットを見ながらアパートの一室で作った爆薬

・生活域で手にすることができるナイフや斧

・仕事で使う配達トラックがテロの凶器として使われるようになった。

 

○テロの目的は大衆に「恐怖心」を抱かせ、事件の背後にある理由を想起させることであるため犠牲者を出しすぎないようにする。

→最近は、「周囲にいる人全てがターゲットであり、その多くを殺す」ことに意味がシフトしているため、100人を超える犠牲者が出るテロが多発している。

 

  1. アルカイダتنظيم القاعدة)とイジュティハード(الاجتهاد)問題

○現在のテロの源流の根底にあるのが、思想、科学技術で世界をリードしてきたイスラム文明がなぜ、西欧文明の下でみじめな地位に甘んじなければならないのか、という問題意識。

→この意識がゆがんだ形で現れたとき、西欧文明のシンボルやランドマークがテロのターゲットとなる。

 

  1. イスラム国の登場とヒジュラテロリズム

アルカイダ勢力の衰退によって、西欧文明のランドマークを狙ったテロ(イジュティハード型)は減少した。

→しかし、イスラム国の勃興と共に生活圏でのテロ(ヒジュラ型)が出現した。

 

ヒジュライスラムの存亡を賭けたもので、信徒はジハード、殉教を含む必死の努力をしなければならない。

 少なくとも西欧先進国ではモスクに行かない若者が多いため、導師がイスラム国への移住を呼びかけることはまれである。

それにも関わらず、若者がリスクを冒してまでシリアに渡航するのかには二つの側面がある。

  1. イスラム世界ではインターネット時代の到来により、モスクでイマームの指導を受けることなく、イスラム国が配信するコーランの解釈とビデオメッセージによって、イスラムの思想を自己流に理解する。

 

  1. シャルリ・エブト事件の直後、ネットに流されたイスラム国の宣伝映像で、フランス語によりヒジュラを呼びかけた。本来、対立関係にあったアルカイダイスラム国の協力関係成立を暗示する呼びかけを行なった。
  2.  

 

コメント

・「犠牲をうけたものだからこそ掲げることのできる正しさ」が圧倒的な説得力を得て、軍事行動を容認するといった風潮があった。それにストップをかけられなかったことが9.11後の最大の失敗であり、今もなお、戦争がなくならない原因の一つであると感じた。また、攻撃の対象が米軍であったのが、米国人だったら誰でも良いというような皆殺し宣言に変わったたり、イラクの戦いのおいては、イスラーム教徒対異教徒から同じイラク人同士、アラブ人同士、イスラーム教徒同士の戦いに変わっていくなど、簡単には戦争をなくすことのできない世の中になってしまっているのだと思う。

・9.11以降、イラク戦争アフガニスタン戦争、ISの出現もなかったといえる。さらに、9.11以降は世界を攻撃される自由世界の人々と攻撃する非民主的なテロリスト、つまり「敵」と「味方」に分かりやすく分断することとなった。また、イラクや中東においての対立であるにも関わらず、宗派以外の要素が考えられなくなっていることも重要な問題であるといえる。このような点も含め、9.11という出来事は世界を変えてしまったといっても過言ではないと思う。

イスラム教徒同士で争いがおこるのは、宗派間の認識の問題が大部分を占めていることでは収められないということが分かった。また、周りにいるすべてがテロのターゲットであるという認識がより人が集まるところでのテロの原因であることが分かった。テロが市民に恐怖心を抱かせるという理由ではなく、より多くを殺すことだけを目的というのは、生活に密着した場所でより手軽に武器を購入するというところからも読み取れる。

 

 

参考文献

酒井啓子. “誰が「正しい」かを競う戦い-9・11から中東の宗派対立へ-”. 世界. 2016, No.887, p.70-78

首藤信彦. “生活域に浸透するテロリズムの脅威”. 世界. 2016, No.887, p.79-87

保坂修二. “アルカイダからイスラーム国へ-ジハード主義の来し方行く末-”. 世界. 2016, No.887, p.88-91